小説創作では、設定=小説ではない
設定だけの動かない小説はNG
小説創作で多くの人に共通するミスは、設定=小説だと言う誤解です。登場人物はこういうキャラクターで、何人出てきて、舞台はこういう場所と情景で・・・、と設定の説明だけで終わっている小説は、小説とは言えません。設定だけの「物語が動かない小説」はNGです。例えば親子の物語だとして、父親の設定、母親の設定、子供の設定、とキャラター設定をまずします。怒りっぽい父親と浮気がちな母親、引きこもりの子供、とします。この辺りの順番はどちらでも構いませんが、次に舞台の設定を、例えば日本の東京の下町に決め、蕎麦屋でも経営していることにします。以上が小説の設定です。設定を決めたら、あとは物語を動かさなくてはいけません。父親が怒りっぽく、疲れ果てた母親が浮気に走り、その家庭内トラブルから子供が引きこもりになっていき、けれど下町に住む近所の人間との交流から、それぞれに家族の大事さに気付き、ばらばらだった家族が1つにまとまっていく・・・などと、展開させていかなくてはいけません。それが小説創作です。けれどキャラクターの性格や下町の情景を詳細にかき、登場人物が何もしないまま小説が終わるパターンが非常に多くあります。設定はあくまで設定でしかなく、設定した登場人物は動かさなくてはなりません。設定はあくまで出発点でしかなく、小説創作そのものではないのです。登場人物たちも、お互いに接することでケミストリーが生まれ、心情や行動も変化していきます。だからこそ小説創作による感動が生まれるのです。物語の最初から最後まで子供が引きこもりなら、なんの変化もありませんし、物語とは呼べません。それでは単に引きこもりの子供を部分的に描写しているだけです。