小説創作と脚本の違い
会話ですべて説明しない
脚本は基本的に会話だけで成り立ちます。台詞集のようなものです。けれど脚本と小説創作は異なり、脚本のような小説はNGです。特別な実験小説を除きますが、よく会話にすべて説明を詰め込む方がいらっしゃいますが、その手の小説には描写がありません。脚本にもナレーションの部分はあり、すべて台詞だけで説明するのは変です。例えば様々なトラブルを抱えた主人公が絶望の縁に立たされ、けれど心配する友達に「大丈夫よ」と微笑むシーンだとします。この時主人公に起こるトラブルは台詞ではなく、描写で説明するのが普通ですよね。そして大丈夫な筈はない主人公が「大丈夫」だと口にすることで、主人公の我慢強さなり哀愁なりを読者に感じさせることができるわけです。台詞を効果的に使うテクニックです。けれど主人公が何も行動せず、台詞だけで「一昨日は事故にあった、昨日は火事にあった、今日は地震にあったけど、大丈夫」と口にしてしまうと、描写がない動かないNG小説になってしまいます。描写をきちんとした上で台詞説明が入るのはOKですが、登場人物がアクションを起こさず、話してばかりいるような小説はだめということです。それは脚本であって小説創作とは言えません。しかも描写を台詞で説明しようとすると、不自然になりますし、第一読んでいて面白くありませんよね。描写より台詞説明はラクですが、作者の都合で小説創作を進めてはいけません。本当に会話だけで小説創作するには、非常に難しいテクニックと構成が必要なのです。